鈑金の現場から——車は「直る」もの

連載 車のはなし第4話

板金の現場から——
車は「直る」もの

駐車場で柱に擦った。バックで支柱に当てた。その瞬間、頭に浮かぶのは修理代の心配と、「もう買い替えかな」という考えではないだろうか。
だが直す側から見ると、多くの人が諦めるべきでないところで諦めている。境界線は、思われているところとは違う場所にある。

書き手
CarAuctionJapan
視点
鈑金塗装の現場と、中古車輸出の現場から
目次

見た目のひどさと、修理代は比例しない

これが現場でいちばん誤解されていることだ。

大きく凹んでいて、素人目には絶望的に見える損傷が、実は板金で押し戻せることがある。金属は伸びたり縮んだりする素材で、変形しただけなら元の形に近づけられる。逆に、一見すると軽い傷なのに、内側の部品まで交換が必要になることもある。

判断を分けるのは、損傷の大きさではなくどこが、どう壊れたかだ。

外板の凹みだけなら、比較的手が入れやすい。だが同じ場所でも、内部のフレームまで力が及んでいれば話が変わる。骨格が歪むと、車の走行性能そのものに関わるからだ。ここが「直せる」と「直さないほうがいい」を分ける、最初の分岐点になる。

塗装は「塗り直す」だけではない

もう一つ知られていないのが、塗装の難しさだ。

同じ色番号の塗料を使えば同じ色になる、と思われがちだが、実際にはそうならない。車は日光や雨風に晒されて、少しずつ色が変化していく。新車のときの色と、10年経った今の色は違う。

だから塗装するときは、現在の車体の色に合わせて調色する。隣接するパネルとの境目が分からないように、ぼかしながら仕上げていく。この作業に技術の差が出る。

安い見積もりと高い見積もりで倍近く違うことがあるのは、多くの場合ここの手間の差だ。同じ「塗装」という言葉でも、中身がまったく違う。

見積もりの金額差は、手抜きの差ではなく、どこまで戻すかの差であることが多い。

直すか、買い替えるかの判断基準

では、どこで線を引けばいいのか。現場から言えるのは、次の三点を比べてほしいということだ。

修理代と、その車の残存価値。修理代が車の価値を上回るなら、経済的には買い替えが合理的に見える。ただし、乗り換えには車両価格だけでなく、税金や諸費用も乗ってくる。単純比較はできない。

骨格まで及んでいるか。フレームの損傷は修理歴として記録に残り、将来の売却価格に影響する。ここが判断の大きな分かれ目になる。

あと何年乗るつもりか。来年手放す予定なら修理は投資として回収できない。だが5年乗るつもりなら、話はまったく変わる。

見積もりを取るときに伝えてほしいこと

修理を頼むとき、多くの人は「いくらですか」とだけ聞く。だが、それだけでは適切な提案が返ってこない。

伝えてほしいのは、その車をどうしたいかだ。

あと10年乗りたいのか。2年後に売るつもりなのか。とりあえず車検が通ればいいのか。予算の上限はいくらか。それによって、提案できる内容が変わる。

完璧に戻す方法もあれば、実用上問題ない範囲で費用を抑える方法もある。中古部品を使うという選択肢もある。だが、目的を聞かずに一番丁寧な見積もりを出せば「高い」と言われ、安く出せば「雑だ」と言われる。その車をどうしたいかを最初に共有できれば、どちらの不満も起きにくい

直った車には、その後がある

この連載の第1話と第3話で、日本の中古車が海外で高く評価される話をした。その理由の一つが、手入れされてきた履歴だった。

ぶつけたときに直した、という記録も、その履歴の一部だ。放置して錆びさせた車と、きちんと処置した車では、数年後の状態がまったく違う。そして最終的な価値も変わる。

傷を直すのは、見た目のためだけではない。塗膜が剥がれたまま放置すれば、そこから錆が入る。錆は内側に広がり、気づいたときには外からは見えない場所まで進んでいる。早い段階の小さな処置が、後の大きな出費を防ぐ

「もう古いから」と諦めた車が、まだ十分に走れることは多い。そして直せば、次の持ち主——それが海外の誰かであっても——にとって価値のある一台になる。

車は消耗品ではなく、直しながら使うものだ。少なくとも、直す側はそう思って仕事をしている。

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