連載 車のはなし第5話
若者が乗らないのではなく、
乗れない
「最近の若者は車に興味がない」。この説明を、私はあまり信じていない。
興味の問題なら、車好きの若者が今も一定数いることの説明がつかない。問題は関心の有無ではなく、乗りたいと思ったときに越えなければならない壁の高さにある。
- 書き手
- CarAuctionJapan
- 視点
- 鈑金塗装の現場と、中古車輸出の現場から

まず、免許を取るところで止まる
車に乗るには免許がいる。当たり前の話だが、この最初の関門がすでに重い。
教習所に通うには数十万円かかる。学生であれば、アルバイトを数か月続けて貯める金額だ。しかも通学には時間もかかる。この時点で「今はいいか」と先送りにする人は少なくない。
かつては就職前に取るのが当たり前という空気があった。だが今は、都市部で就職すれば免許を使う機会がない。必要にならないから取らない、取っていないから車に乗る選択肢が最初から消えている。これは興味の問題ではなく、順序の問題だ。
次に、置き場所の問題が来る
免許があっても、車を買うには停める場所が要る。日本には車庫証明という制度があり、保管場所を確保できなければ登録すらできない。
集合住宅に住んでいれば、駐車場が付いているとは限らない。付いていても空きがないことがある。近隣で借りるとなれば、月々の負担が発生する。
ここで、第2話で触れた地域差がはっきり出る。自宅の敷地に停められる人と、月極を借りる人とでは、スタート地点がまるで違う。同じ車を買っても、片方は数年で数十万円多く払うことになる。
そして、初期費用が積み上がる
車両本体の価格だけを見て予算を組むと、契約時に驚くことになる。
自動車税の月割分、自賠責保険、登録手数料、納車費用。中古車なら、購入後に整備が必要になることもある。任意保険は若年層ほど保険料が高く、これも初年度の負担を押し上げる。
結果として、車両価格に相応の金額が上乗せされる。50万円の車を買うつもりが、実際に用意すべき金額はそれ以上になる。この差が読めないと、検討の段階で断念することになる。
問題は、この構造を事前に教えてくれる人がいないことだ。販売店は商談が進んでから説明する。それまでは車両価格だけが表に出ている。

地方では、話が逆になる
ここまでは主に都市部の話だ。地方に住んでいれば、事情はほぼ反転する。
電車が一時間に一本、あるいはそれ以下。バス路線は縮小が続いている。買い物も通院も、車がなければ成立しない。だから若い人も免許を取るし、車を持つ。持たない選択肢がないからだ。
つまり「若者の車離れ」という言葉は、都市部の現象を全国の傾向であるかのように語ってしまっている。地方では離れているのではなく、必要だから持ち続けている。ただし、負担が軽いわけではない。
地方における問題は、車を持つかどうかではなく、持ち続けられるかどうかだ。収入に対して車の維持費が占める割合は、都市部の人が想像するより重い。世帯に二台、三台と必要な家庭も珍しくない。
本当に必要な情報は何か
この連載を通じて言いたいのは、車に乗るべきだということではない。必要のない人が無理に持つ理由はない。
だが、持てないと思い込んでいるだけの人が、確実にいる。
車両価格しか見ていなくて総額を知らない。中古車は壊れるものだと思っている。傷がついたら終わりだと思っている。維持費を都市部の基準で計算している。そういう誤解で選択肢を閉じてしまうのは、もったいない。
逆に、必要だから持っている人にも情報は足りていない。どこを見れば長く乗れる個体を選べるのか。修理と買い替えをどう判断するのか。ここまでの回で書いてきたのは、その部分だ。
興味がないから乗らないのではない。判断材料がないから、動けない。それが現場から見た実感であり、この連載を書いている理由でもある。
世界のどこにもない規格が、なぜ日本でだけ発達したのか。そして海外では、なぜあれほど評価されないのか。輸出の現場から見た軽自動車の特殊性を語る。
