連載 車のはなし第2話
車は本当に
「金食い虫」なのか
車を持たない理由を聞くと、たいてい最初に出てくるのがお金の話だ。「維持費が高いから」。
だが具体的にいくらかかるのか、正確に答えられる人は少ない。高いか安いかを判断する前に、まず何にいくらかかっているのかを分解してみたい。
- 書き手
- CarAuctionJapan
- 視点
- 鈑金塗装の現場と、中古車輸出の現場から

維持費は「固定費」と「変動費」に分かれる
車にかかるお金を一つの塊として見ると、途端に手に負えない金額に感じる。だが実際には、性質のまったく違う二種類が混ざっている。
固定費は、乗っても乗らなくてもかかるものだ。自動車税、自賠責保険、任意保険、車検、駐車場代。これらは走行距離に関係なく発生する。
変動費は、走った分だけかかるものだ。ガソリン代、高速代、タイヤやオイルの交換、そして修理。
この二つを分けずに「維持費」と一括りにするから、話がややこしくなる。削れるのは主に変動費で、固定費は車種選びの時点でほぼ決まってしまう。ここを理解しているかどうかで、判断がまるで変わってくる。
固定費は「買う前」に決まっている
自動車税は排気量で決まる。軽自動車と普通車では年間の負担が明確に違い、排気量が上がるほど階段状に増えていく。任意保険も車種と年齢で決まる。車検費用も、車両重量によって重量税が変わる。
つまり固定費は、契約書にハンコを押した瞬間に、その後何年分も確定している。あとから節約する余地はほとんどない。
ここに、多くの人が見落としている落とし穴がある。車両価格の安さに惹かれて選んだ結果、固定費の高い車を掴んでしまうケースだ。本体が安い中古の大排気量車は、確かに買うときは安い。だが税金と保険と車検で、数年のうちに差額を追い越していく。
駐車場代という最大の変数
固定費の中で、地域差がもっとも大きいのが駐車場代だ。都市部では月に数万円かかることも珍しくないが、地方では自宅の敷地に停められる人も多い。同じ車に乗っていても、年間の負担が十万円単位で変わる。
「車は金がかかる」という言説が広まった背景には、この差があると思っている。発信力のある人ほど都市部に住んでいて、彼らにとっては事実として高い。だがその感覚が、駐車場代のかからない地域の人にまで届いてしまっている。
自分の条件で計算し直すと、印象がかなり変わる人は多いはずだ。

「壊れたら終わり」という思い込み
変動費の中で、いちばん恐れられているのが修理代だ。何が起きるか分からない、いくらかかるか分からない。この不安が、車を持つことへの心理的な壁になっている。
だが現場から見ると、修理には予測できるものと予測できないものがある。
タイヤ、バッテリー、ブレーキパッド、各種オイル。これらは走行距離と年数でおおよその交換時期が決まっていて、突然襲ってくるものではない。金額もある程度決まっている。予測できるなら、それは事故ではなく計画だ。
本当に読めないのは、事故による損傷と、大きな機関の故障だ。ただし後者は、日常の点検を怠らなければ兆候が出ることが多い。異音、振動、警告灯。「なんとなくおかしい」と感じた時点で見せに来る人と、限界まで乗ってから来る人とでは、最終的な出費が桁違いになる。
そして事故による損傷については、次のことを知っておいてほしい。見た目のひどさと修理代は、必ずしも比例しない。派手に凹んでいても板金で戻せるものもあれば、小さな傷に見えて内部の部品まで交換が必要なものもある。だから、写真を見ただけで諦める必要はない。
結局、高いのか安いのか
正直に言えば、車はタダではない。年間で数十万円の単位でお金は出ていく。それは事実だ。
だが問題は、その金額を何と比べるかにある。
公共交通機関だけで生活できる地域なら、車は贅沢品だろう。だが、買い物に行くのも、病院に行くのも、子どもを送るのも車が前提の地域では、車は生活のインフラだ。無ければタクシー代がかかり、行動範囲が縮み、選べる仕事も限られる。
「車を持たない」という選択が節約になるかどうかは、住んでいる場所と生活の形で決まる。全国一律の答えはない。
だから私は、「車は高い」とも「安い」とも言わない。言えるのは、自分の条件で計算してから決めてほしいということだけだ。漠然とした不安で選択肢を捨ててしまうのは、もったいない。
10万キロを超えた車が、日本ではほぼ値段がつかない。だが海外では現役で走り続ける。この差はどこから生まれるのか。車検制度と減価の仕組みから、日本の中古車市場の特殊さを見ていく。
